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タイ音楽のジャンルについて

タイのポピュラー音楽ジャンルとその成り立ちについて


  <断り書きとしての前書き>

  ポピュラー音楽などと書くとすでにレトロな雰囲気になってしまうが、タイの音楽というだけでは古典音楽やクラシック、ジャズさらに民謡までをも含んでしまうので、ここでは便せん上ポップスからルークトゥンまで一般大衆音楽を指す意味で使っていく。
 また、本コラムはいくつかの文献とサイト上の記事を参考にしているが、
ここで記す文言が最終的な結論だとはいわない。導きだしたものはわたし個人の私見である。そのため、見解が異なるむきもあるだろう。その際は遠慮なく、ご指摘ご教授いただければ幸いだ。

 




タイ音楽のジャンル
 現在タイの大衆音楽は、大きく以下のようなジャンルに分けられる


 ・
プレーン タイ サーコーン
(西洋的タイ歌謡)
   プレーン ポッププレーン ストリングとも呼ばれるタイ語で歌われるポップス全般。
   ロックヒップホップ、アイドルなどさらに細かくジャンル分けすることが出来、
   それだけでもまた解説が必要になるが、本ブログでは専門外なので突っ込みません。

   代表的歌手:バード、LOSO、NekoJamp、アイス・サランユーなど

 ・
プレーン ルークトゥン(歌謡曲)
   標準タイ語(中部タイ語)で歌われる歌謡曲。
   イサーン語で歌われるものはルークトゥン・イサーンと呼ばれる。
   代表的歌手:プムプアン、チンタラー、パイ・ポンサトン、ゴット・チャクラパンなどなど

 ・
プレーン プアチーウィット
(生きるための歌)
   フォークやロックなどの形態で演奏される。

   代表的歌手:カラワン、カラバオ、カンピー、ヌー・ミーター、タンワー・ラシタヌーなど

 ・モーラム 

   タイ東北部イサーン地方、ラオス文化圏に伝わる伝統音楽。
   
本ブログでは、伝統モーラムとに歌謡モーラムに分類
   代表的歌手:チャウィワン、バンイエン、ソムチット・ポートンなど

また、ルークグルンルークトゥンへのアンチテーゼという意味では、忘れてはならない。
さらに今回は扱わないが、イサーン南部のカントゥルム、タイ北部のカムムアンなど地方に根付いたジャンルもある。









序文

 バンコク情報紙DACO編集部の依頼で、わたしが初めてルークトゥンの特集記事を書いたのが2004年だった。その時、編集部がつけたタイトルは「演歌の花道」。そして、特 集記事の号が出版されると同時に本ブログの前身であるホームページ「ルークトゥン・タイランド!」だ。その時わたし自身は、ルークトゥン=演歌ということ に特に異存はなかった。いや、むしろ「捉え方は人それぞれなのだから、こだわる必要はないのではないか。」と、思っていた。しかし、そこに異論を唱えて来た人がいた。特集内に短いコラムを書いてくださった前川健一氏だ。それには少なからず驚いたが、氏の言い分を傾聴したわたしは、ルークトゥンは演歌とは言えないのか?と、考え始めるきっかけになった。
   
既出参照ページ:
ルークトゥンはタイの演歌か? 


  ルークトゥンとはなんぞや? モーラムとルークトゥン、あるいはルークトゥンとプアチーウィットってのは、一体なにが違うんだ? そんな素朴な質問がわた しにも寄せられるし、少しネットを検索しただけでもゴロゴロとヒットする。しかし論理的に、明確に答えているものは皆無だ。これらの疑問は、実はキチンと 整理されないままにされている。個人のブログには、それぞれがそれぞれの見解を書き連ね、そのまま放置された状態だ。「ウィキペディア」にいたっては項目すらない。かくいう自分もこれまで、ルークトゥンとモーラムについてのみさらっと説明しただけで、他のジャンルとの関わりや違いなどをきちんと文にしたことはなかった。
   既出参照ページ:ルークトゥンとは? / モーラムとは? 


  本ブログの読者であれば、隔週ごとにアップしているルークトゥンのヒットチャートには、丸っきりロックにしか聴こえないようなプア・チーウィット曲もが一 緒にランクインしている。その理由についてはこれまでずっと放置して来たのだが、わたし自身はプア・チーウィットについて知識がないのためと、ファン層が 好きになれなかったということもある。かのイサーンタワンデーンのマネージャー氏曰く「ルークトゥン・モーラムを聴きに来る人たちは、みんなマナーがいい んだ。向かいの店(プア・チーウィットを演奏する系列店)では、毎晩のようにケンカや警察ざたが起こすから好きになれないよ。」これにはわたしも同感だっ た。ただ、無料で行われる野外コンサートなどでは少し事情が違う。時にはステージ前や客席で酔っぱらいどうしがケンカ騒ぎを起こす。そんな時、観客のタイ 人たちは、あっという間にその場所から逃げる。そのさまは鮮やかで、感動的なくらいだ。もしも、そんな場面に出くわしたらまずは君子危うきに近寄らずだ。

  話しを元に戻そう。ルークトゥンとモーラムとプア・チーウィット。それぞれの特徴と成り立ち、さらにはぞれぞれの違いについて、誰か書いてくれないだろう か。密かにそう思ってもいた。しかし、旧知の某ネットショップ店長は、ここのところアイドル歌手たちのプロモートで忙しいようだし、メンポー・チョンティ チャーをモーラム歌手と紹介する始末。また、米系CDショップにASEANのCDを卸している某社社長は、イベントの主催にこれまた忙しい。かなり前に ルークトゥン・モーラム歌手の日本版でライナーノーツを書いてくれと頼まれたので、依頼を待っているのだがすでに何年も経ってしまった。まだまだ日本での 環境は暗く厳しいというのが現実のようだ。もはやわたししかいないのか。このあたりでそろそろ覚悟を決めてみようかと思い至ったのが、7月すえくらい。そ れから、ひと月ばかりを頭の中であれこれと整理して、資料を集めて来た。まだまだ年代考証までは出来ていないのだが、ひとまずここにアップしてしまおう。
2010年8月吉日:そむちゃい吉田 







タイ音楽の成り立ち

 現在にいたるタイのポピュラー音楽の歴史は実はあまり古くはない。大ざっぱにいえば、第2次世界大戦前後からのものだ。それ以前はクメール、カンボジアからの流れを汲む古典音楽であり、一般大衆が親しんだものといえばわずかに伝統モーラムだけといっていい状態だった。もちろん、モーラムはイサーン地方が中心であり、ラオス文化圏の影響を受ける北部まではその範囲だ。中部や南部にも伝統的な一般大衆向けの芸能や歌謡があったはずだが、それは今聴くことができるルークトゥンとは違う。南部地方では、リケーの語源といわれるディキールや影絵芝居の語り口そのものであったと推測されるが、具体的な時代考証や関連性はまだ未調査なのでご容赦。


クン・スティラートのリケー芝居


 第2次大戦中、時の軍事政権が一般大衆や軍隊の慰問用にビッグバンドジャズをベースにしたような楽団(スンタラポーン楽団)を作る。これはいってみればプロパガンダの道具としての音楽であった。今でも聴くことが出来るソンクラーンやロイカトーンの曲は、彼らスンタラポーン楽団によるものである。その音楽は西洋歌謡(プレーンサコーン)にタイ語の歌詞を載せたものであったが、声調のあるタイ語にとって、それは簡単なことではなかった。逆に言えば、それまでタイに誰でも歌えるような一般的な歌謡がなかったのは、この声調があるが故にメロディーに歌詞が載せられないという状況があったためといわれている。そのような障害を乗り越えたのが、スンタラポーン楽団のリーダーであり作曲家でもあったウア・スントーンサナーンだった。この時、彼らの音楽はプレーンタイサコーン(西洋的タイ歌謡)と呼ばれた。



ロイカトーンの歌





プレーン・ルークトゥン(田舎者の歌)

 大ざっぱ にいえば、歌謡曲(ポピュラー音楽)であり今でいうポップスだ。しかし、使用されている楽器が管楽器を中心としたビッグバンド的な楽団によって演奏される ため、古くさく、ノスタルジックな雰囲気が漂うものが多い。それは、その創成期の頃からタイ人自身をして、「一つの曲に百の歌詞」と揶揄されていたほど。 しかし、何度かのブームを経た現代に至るまで、タイ庶民の心を代弁しつづけているように曲よりも歌詞が大事にされている。


 音楽のジャンルとしてルークトゥンという言葉が初めて用いられたのは1964年のテレビ番組であったそうだ。スンタラポーン楽団のあと(正確には並立していたと思われるが)ルークトゥンの父と呼ばれ、もっと庶民に向けて演奏活動を行っていたスラポン・ソンバッチャルーンだ。まさしく彼の全盛期だった時にルークトゥンという表現が使われだしたのだ。



เป็นโสดทำไม / สุรพล สมบัติเจริญ
ペンソッ・タンマイ ~どうして独身なのさ~
スラポン・ソンバッチャルーン


  実はそれ以前にもルークトゥンという言葉を使ったものがあった。テレビが普及していなかった時代の娯楽の花形、そう映画だ。この映画の題材として田園を舞 台にした物語が多く用いられたのだが、それをルークトゥン文学(小説)と呼び、当然歌曲も挿入された。その時代にタイのハンク・ウイリアムズと称された歌 手にカムロン・サムブンナーノンがいる。彼の歌は軍事政権下で言論弾圧が当たり前の時代にその政権を批判し,庶民の苦しみを歌うという奇跡のような存在 だった。その歌はまさにプレーン・プア・チーウィット(生きるための歌)であったが、当時はそういう呼ばれ方はされずに、プレーン・チーウィット(人生の歌)と呼ばれた。そしてそれは、プレーン・プア・チーウィットの雄、カラバオのリーダーであるエードに大きな影響を与えた。

 不思議なのは、このカムロンの歌は後世ルークトゥンと呼ばれていることだ。
つまり、ルークトゥンはその創世時にはまるでプア・チーウィットのような歌詞をのせて歌われていたのであり、二つの起源は同じだと理解していいだろう。



กระท่อมกัญชา:グラホーム・ガンチャー
~ガンチャーの香り~


คำรณ สัมบุณณานนท์ (カムロン・サムブンナーノン)



ローイ・カムロン/エード・カラバオ
エードによるカムロンのカバーアルバム


แอ๊ด คาราบาว (エード・カラバオ)







プレーン・プア・チーウィット(生きるための歌)

 大ざっぱ にいえば、フォークやロックのスタイルで演奏されている。ルークトゥン同様に重要なのはその歌詞だが、ルークトゥンの歌詞が庶民の暮らし向きや恋愛の悲哀 などを歌うことが多いのに対して、権力者によって収奪されている庶民の苦悩や権利を主張するものであった。
現在、このプア・チーウィットの代名詞ともいえるのがカラバオだ。しかし、これをを築き上げた のは、カラワンだろう。そして彼らの思想に大きな影響を与えたのがジット・プミサクという詩人だった。生きるための歌は、この二組を抜きにしてははじまらなかった。


จิตร ภูมิศักดิ์ / คาราวาน
ジット・プミサク/カラワン
歌詞対訳


  カムロンが人生の歌として権力者を批判したものの、それはムーブメントになることなくまさしく一人孤高の戦いだった。そして最後に発表された「ガンチャー 狂い」というアルバムのごとく、ガンチャーやアヘンに溺れ、人知れず表舞台を去り1969年に没している。カムロンが去るのと前後して、ヂット・プミサク (左写真)という青年がタイの文壇に現れる。旧インドシナ領に返 還される前のカンボジア領内で育ったヂットは、そのちの返還に伴いバンコクへ移り住む。チュラロンコン大学文学部に入学後から詩を書き始め、頭角を現して 行く。時代は朝鮮戦争が勃発し、タイがアメリカに軍事的な協力を押し進めていたころだ。彼は後に「生きるための芸術」「人民のための芸術」という論文を発 表する。


 そのころ、日本でも赤軍などの活動が活発であったようにタイでも共産主義運動が起こっていた。その内の武闘派がゲリラ となりペチャブンなどの山地に隠れた。その行軍中、ナコンパノム県ノングン村において射殺されるのだが、彼の思想や行動に大きく影響を受けたのが、カラワ ンのメンバーだった。カラワンのメンバーは、タイ共産党とともに山地を行軍したが、のちに政府が特赦を発するに至り山を下りて来た。

 カ ラワンは思想的にヂットに多大な影響を受けたが、音楽的にはボブ・ディランやニール・ヤングといった反戦フォークの影響を大きく受けていた。第2次大戦 後、軍部が握って来た政権を1973年10月14日の学生革命によりタイで初めて民主主義政権が誕生した。その日から1976年10月6日軍事クーデター によって再び軍部が実権を握る間のわずか3年の間、カラワンにとって第1期の絶頂期であったとともに多くの芸術や文学が花開いていた。




 ◇ルークトゥンとプアチーウィット

  上述のようにルークトゥンとプアチウィットは、その発祥当時から密接に関わりあっている。しかし、ロックやフォークといったスタイルにタイの伝統楽器 (ソーやケーンなど)を取り込んだプアチウィットに対して、ルークトゥンはあくまでも管楽器やエレキギターなどの西洋楽器が中心だった。そして軍事政権の 時代、プアチウィットがあくまでもメッセージ色を弱めなかったのに対して、ルークトゥンが庶民の日常や恋愛などを歌うことで、単なる娯楽的なものになり、 その興行はプロパガンダに利用されたという同源背反の道を歩んできた。しかし、源は同じであることは今でも引き継がれており、プアチウィットのカラバオの ステージにルークトゥン歌手たちがゲストとして出演したり、ルークトゥン歌手がアルバムの中でプアチウィットの歌を収録したり、バックのミュージシャンた ちはどちらの音楽も分け隔てなく演奏して廻っている。とはいえ、個人的にはひと昔に比べてみただけでもルークトゥンもプアチウィットも、生々しさ、毒々し さが欠けてきてしまっているように思う。どちらも歌詞だけを読むとアイドルのポップスと代わりのないものが増えてしまっていることには、一抹の寂しさを禁 じ得ない。




คนกับควาย / คาราวาน
人と水牛/カラワン
歌詞対訳



  ルークトゥンは人々の日常や色恋、時に社会事情を風刺する。カラワンが歌っていたのはもっと直球だ。そこには風刺もなく、回りくどい例えもない。 カラワンとはCaravan。つまりキャラバンのこと。山地にゲリラとともに入り、文字通りキャラバンだった彼らのデビューアルバムは「人と水牛」(右写 真)という。人と水牛が平和のなかで働く。しかし、その生活はブルジョワたちに搾取され、貧しく苦しい。イサーン出身だった彼らが、毎日目にしていた生活 と苦しみをそのま ま歌詞にしたこの曲は、まさにルークトゥンの世界だ。未だにみかける、「ルークトゥンが歌うのは、田畑の中で水牛と人が云々。」というステレオタイプなイ メージそのものではないか。ここにも二つのジャンルがクロスする要因があるようだ。





プレーン・ルークグルン(都会人の歌)


 大多数を占めるタイ一般庶民にプレーン・ルークトゥンが人気を博す中、少数派だった富裕層は下劣きわまりないといって、自らが聴くために作り出されたのが、プレーン・ルークグルンだ。田舎者(ルークトゥン)に対して、都会人(ルークグルン)という呼び方からして、らしいともいえるだろう。プレーン・ルークグルンのベースになっているのは、ルークトゥン以前に富裕層が好んでいた社交界のダンス音楽だ。ジャズ、ルンバ、マンボ、ジルバなどなど。社交ダンスといえば一番わかりやすいだろう。そして、かのスンタラポーン楽団の演奏ももとになっている。


ルークグルンの歌手たち


 しかし現在、このルークグルンはもはや懐メロといった趣きになっている。時折、記念コンサートやテレビでの番組などで見る機会もあるにはあるものの、かつての人気歌手たちとともに聞き手たちも高齢化が進み、若い世代には全く興味を持たれてはいない。そのためもあって、次の担う若い歌手は、わたしの知る限りいない。小さな子供から多くのファンが今も絶えないルークトゥンとは、この点が決定的に違うところだ。


 ◇ルークグルンとルークトゥン 


 音楽的なこと以外には、もう一つ違う点がある。ルークトゥンが田舎者が田舎者自身に歌いかけるように、ルークグルンは都会人が都会のファンに歌いかけている。だから、歌手たちの活動の場は都会の中。つまりバンコクに限られているということだろう。バンコクでのコンサートやテレビ番組に出演することはあっても、地方をどさ回りしていることは聞いたことがない。それは聞き手が富裕層であるのと同じく、歌い手自身も同じ階層の出身者が多いのだ。そのため、歌うことが主たる仕事ではない。あくまでもサイドビジネス。否、道楽の延長とさえいってもいい程度だ。別に歌わずもお金には困らない。そういう人たちが、かつてのいにしえの日々を懐かしむための音楽。それがルークグルンだ。

 ルークグルンの歌手たちの中で、オラウィー・サッチャノンは人気歌手であったが、同時にルークトゥンも歌って来た。もともとはルークトゥン歌手を志望していたらしいが、ルークトゥンの大きな特徴であるビブラート(コブシ)ができなかったためにルークグルンを歌わされたとのことだ。彼女の場合、よほど歌うこと自体が好きだったのだろう。今でもルークトゥンを中心に歌い続けている。とはいえ、彼女が地方興行にいったという話しは聞いたことがないが。


ผิดด้วยหรือถ้าเราจะรักกัน - อรวี สัจจานนท
ピッドゥアイ ルー ター ラオ ラッガン / オラウィー


 個人的な意見を書かせてもらえば、ルークグルンのハイソな歌手たちが、どれほど高い衣装を着てきらびやかに着飾っていようとも、ぼろぼろのジーパンで貧困や下層階級から歌だけで這い上がって来るルークトゥン歌手たちのほうがまばゆく輝いていると思う。ルークトゥン歌手のほとんどは自らの出自を忘れることが無いと見え、呼ばれればどんな片田舎にでも出向いて行く。そして声をかければ誰に対しても、心からの笑顔で接してくれる。それは今や売れっ子ナンバーワンのタカテンやイン、パイ・ポンサトンやゴット・チャクラパンもだ。


 ◇
ゴット・チャクラパンがルークグルンを終わらせた?


 かつて、富裕層はルークトゥンには見向きもしなかった。しかし、ゴット・チャクラパンによって彼ら(彼女ら)のこだわりが突き崩された。それはゴットの端正なマスクであったし、通りの良い声であった。ゴットにはメーヨックと呼ばれる追っかけ主婦たちが多数いる。ルークトゥンを受け入れなかった富裕層を引き込んだという意味で、ゴットの成し得たことは大きく意味深い。ゴットがルークトゥンのスタンダードだけでなく、ルークグルンのスタンダードを記録しているのは、こういったファン層あってのことだろう。彼のファン層は、かつてのルークグルンのファン層と確実にだぶっている。



สไบแพร / ก๊อต จักรพรรณ์
サパイ・プレー/ゴット・チャクラパン


 このブレイクスルーは、現在のバンコクにおいて若者たちにも浸透して来ている。何年も前からクラブシーンなどでトランスモーラムなどのミクスチャーがモテはやされ、ヒット曲がよりリズミカルにアレンジされてはリミックス版として再登場する。こういった新しいクロスオーバー的な市場を切り開くきっかけになったのが、ゴットだったといえるかもしれない。逆説的にいえば、ゴットの登場がルークグルンの終焉を決定づけたのかも知れない。

 ゴットが成したことを彼よりずっと以前に実現しかけたのが、かのプムプアンだろう。スパンブリーの貧農出身で文字も読めない娘が、王女から歌詞を下暢し高級ホテルでディナーショーを開くなど、今でもほとんどあり得ないことをやっていたのだ。だが、その早すぎる死とその直後に展開された夫と遺族による財産を巡るスキャンダルによって、開きかけたクロスオーバーの導入路は閉じられたのだ。


ส้มตำ / พุ่มพวง ดวงจันทร์
ソムタム/プムプアン・ドゥアンチャン





モーラム

 発祥年代などの考察はここでは避ける。現在、モーラムとされるもののほとんどは一般庶民にも歌えるようにとルークトゥン(西洋音楽)的な要素を取り入れ、伝統的なスタイルはあまり残っていない。ルークトゥンと分けるものは、言葉イサーン語であることと、伝統楽器(ケーン、ソー、ウォート、チンなど)が使われているかどうかになっている。イサーン語で歌われていても楽器が使われていなければ、ルークトゥン・イサーンであり、楽器が使われていても、イサーン語で歌われていなければ、モーラムとは呼ばない。

 対して、伝統的なモーラムは発声、節回し、踊りなどお習得に長い年月がかかり、専門的な技術を要するものである。そして、モーラムを歌う歌手がモー(師範)と呼ばれた理由の最たるものが、アドリブでその日その時々を歌う(吟じる)のだということだ。
 本ブログではこの二つを区別する意味で、現在ヒットチャートなどに登場するモーラムを歌謡モーラムと称している。しかし、すでに伝統的なモーラムとは違うものになっているといっても過言ではない。
伝統モーラムには以下の種類がある。ただしラムシンはごく近年に作り出されたものであり、他の伝統モーラムが若者に見向きもされないのとは対照的に、ディスコモーラムとの異名もあるほどに唯一、専門楽団が興行をしていることを特筆しておく。またそれぞれについて詳しくは、
タイとイサーン音楽とケーンとかを参照されたい。

 ・ラムプーン    - ลำพื้น
 ・ラムパヤー    - ลำผญา
 ・ラムムー       - ลำหมู่
 ・ラムプルーン - ลำเพลิน
 ・ラムクローン - ลำกลอน
 ・ラムキヤオ    - ลำเกี้ยว
 ・ラムチンシュー - หมอลำชิงชู้
 ・ラムシン       - ลำซิ่ง



伝統モーラムの第一人者チャウィワン・カムヌン
これだけを聴けばルークトゥンとは全く違うものだということがわかると思う。



ラムシン ลำซิ่งのステージ






プレーン・タイ・サコーンまたはプレーン・ポップ(タイポップまたはTポップ)

 いわゆるタイ語で歌われているタイポップス。バード・トンチャイを筆頭にタイで最も広く人気のあるジャンルには違いない。このジャンルはさらにアイドルポップ、ロック、ヒップホップ、インディーなど区別されるべきだが、ウェブ上あるたくさんのタイポップサイトに譲るとして、ここではではこれ以上触れないので悪しからず。



マータンマイ/バード&チンタラー

タイ国民的歌手バードトンチャイがかつてチンタラーを招いてルークトゥンに挑んだ曲。
仕掛人はジョイボイ。

この曲を含んだアルバム「チュッド・ラップケーク」は当時は大ヒットとなり、急遽全国ツアーが組まれたほどだ。この頃のルークトゥンは第3次黄金時代と称され、今に続いているとされているが正直この時ほどの勢いは今は無いように思える。個人的には、この曲とともにブームが終わり、今は百花繚乱の時代を迎えていると思っているのだが。





言い訳としてのあとがき

 これらのタイ音楽のジャンルについての説明とそれぞれの成立や分別については、ずっと以前から書かなくてはと思い、長らく頭の中で醸成しながら気がつくたびに資料を集めて来た。それを今回アップしようと思い立ったのは、プア・チーウィットの歌手を取り上げようとしたから。プア・チーウィットを取り上げるには、その説明も必要になるのは当然のこと。しかし本ブログではまだ手つかずにいた。プア・チーウィットだけを説明することも考えたのだが、いかんせん、そこまでの専門的な知識もなく、かつタイ語資料を丁寧に読み倒す時間ももったいない。また、少し前に読者でもあるTommyさんからルークグルンについてメールで質問されていたこともあり、それならいっそのこと、タイ音楽のジャンルについて総合的な説明をしたろうかと思ったのだ。

 とはいえ、ほとんどが付け焼き刃の知識なので、間違いや見当違いもあるやも知れず、その際は遠慮なく指摘していただきたい。わたし自身も理解が深まれば、また手直しして行きたいと思っている。ともあれ、本文がみなさんのタイ音楽に対する理解の一助になれば、何よりも幸いです。


画:吉田しんこ(C)





本ページ作成にあたっては、以下の文献とサイトを参考にしました。


 参考文献 :まとわりつくタイの音楽 前川健一著(めこん)
       タイ・演歌の王国  大内治著(現代書館)
       カラワン楽団の冒険―生きるための歌
             ウィラサク・スントンシー (著), 荘司 和子 (訳) (晶文社)
       ジット・プミサク―戦闘的タイ詩人の肖像
             荘司 和子 (著), ジット・プミサク (著) (鹿砦社)

 参考サイト:
ウィキペディア(タイ語版)     
 ・・・・・・タイとイサーン音楽とケーンとか 



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テーマ : タイの歌謡曲
ジャンル : 音楽

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♪Tommyさん♪

お褒めの言葉とご指摘、ありがとうございます♪

 このページは、構想には1ヶ月以上かかってますが、実際に各作業は2~3日だけ。いわば、初稿ってやつですね。本来、この内容量なら書く作業だけで1週間以上かけないといけません。つまり、一度ざっと書いて校正などをチェックして、順序を変えたり、場合によっては全面的に書き直したりします。でも、このブログではいつも早くアップしたいので(多分、お気づきでしょうが)誤字脱字などがたくさんありますし、あらためてみると書き直した方がいいところもあります。ご指摘により、気がついたこともありますんで今後少し加筆、訂正をしていこうと思ってます。

 ストリングという言い方については、馴染みというかわたしの周りでその言い方をする奴があまりいないからと思います。これは書き直しますが、プレーンタイサーコーンという言い方は、書き言葉と言っていいくらい会話には出てきませんよね。そんな感じでストリングよりもポップという言い方をよく聞いていたので、こういう説明になりました。
 人気についても似たように、バンコクで暮らしていたときの、実感がベースです。バンコクを少しでも外れたり、生活の場によってはおっしゃる通り、圧倒的にルークトゥンが人気だというのはわたしも同感です。

すげえ

スゴイ!
超力作ですね。脱帽です。

気になることは、プレーンポップを「スティリング」という表現にしなかったこと。何か、理由があるのだろうか?

さらに、それが、「最も広く人気がある」とされたこと。

先ごろ発表された統計によれば、タイの人口のうち、所得税を払っているのは、4%に満たない。
95%以上の人が、年収約20万B以下ということです。
そういう人たちにとって、スティリングのコンサートは、高すぎるものが多い。

これに対し、ルークトゥン系のそれは、ほとんど無料。

メディアの発達してきた今では、地方においても、若者は、何でも聞いているでしょう。
タカテーンを聞いた後で、BODYSLAMを違和感なく聞く。
しかし、年配の人となると、圧倒的にルークトゥン陣営に軍配があがる。

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 業界内でも知名度も上がり、近年は独自のコンサート企画やコラボ、日本とのコーディネートにも関わるようになりました。最近では、歌手から日本行きや仕事の紹介を頼まれることもあります。
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