歌手紹介:モーラム(ラムシン)
☆第3回日本人が選ぶ最優秀ルークトゥン歌手賞歌手☆
ลำยอง หนองหินห่าวラムヨン・ノンヒンハーオ
グランミーゴールド所属
ประวัติ:プロフィール
ชื่อจริง: สุพรรณี จรบุรมย์
本名:スパニー・チョンブロム
ชื่อเล่น:นก
ニックネーム:ノック
บ้านที่เกิด:บ้านดอนแดง ต.นาข่า อ.วาปีปทุม จ.มหาสารคาม
出身地:マハーサラカム県
วันปีเกิด:21 กุมภาพันธ์ 2523
生年月日:1980年2月21日
พี่น้อง:2คน เป็นพี่คนโต มีน้องสาว1คน
姉妹:2人(長女)
นักร้องที่ชอบ..ต่าย อรทัย,ตั๊กแตน,ดอกอ้อ,ศิริพร
好きな歌手:ターイ・オラタイ、タカテン・チョンラダー、ドークオー、シリポン
-เพลงที่ชอบ..ไม่ใช่แฟนทำแทนไม่ได้,เอาผัวไปเทิร์น
好きな歌:マイチャイフェーンタムテンマイダイ、アオポワパイターン
2015年4月10日、本ブログで約1ヶ月間にわたる投票で昨年度の最優秀歌手として選出されました。(投票結果はコチラ) 結果報告の際に、彼女自身もこれまでで一番の褒美となる嬉しい賞です。と語ってくれました。表彰はまた後日改めてになりますが、具体的な日程などがわかり次第にお知らせします。
これまでアルバム紹介など、ことあるごとにわたしは彼女をノック先生と書いて来ました。すでにご存知の方も多いでしょうが、彼女は歌手デビューする前は、教師をしていたという変わり種でもあります。余談ですが、彼女が教員になるために学んでいた大学は、わたしが15年以上お手伝いしているNGOPippalaScholarshipでの教育支援活動で、支援したいたことのある大学です。そのためもあって、初めて出会ったときから、非常に親近感を持っています。
ノック先生歌手デビュー秘話
ノック先生ことラムヨン・ノンヒンハーオの話しを聞いていると、親を慕い思いやり、力一杯に生きているなぁと思わされます。イサーンのど真ん中。地球の歩き方にもロンリープラネットにも載っていないマハーサラカム県は、本当に田んぼしか無いような所です。しかし、中心部ではお隣コンケーンを模範として、学究都市というコンセプトで多くの大学などが立ち並び、学生が行き交う清潔な印象を受ける街です。その真ん中にあるのが、彼女の出身校ラーチャパット・マハーサラカム大学。現在では大学に格上げされていますが、開設当初は師範大学。つまり教師養成の専修校でした。そこで教員課程を履修、卒業したのが、ノック先生です。

ラーチャパットマハーサラカム大学を2位の成績で卒業後、2003年からアチワスクサー・マハーサラカム大学で特別講師として、7年間伝統芸能の教鞭をとる。両親も望んだ仕事として教師になったものの、その間も小さな頃からの夢だった歌手になりたいという気持ちは変わらなかった。7年勤め上げた後、両親に承諾を取って歌手に転身。
教師時代のノック先生
教師を辞める時には、両親に反対された。歌手は大変な仕事だと言うのは、初めからわかっていたし、それで両親に負担をかけるつもりは無かった。大変な思いをするのは、自分一人だけ。でも、それまでに、両親が快適に暮らせるように新しい家も建てたし、できることはほとんどやってあげて来た。だからこそ、説得も出来て歌手に専念することもできるようになった。何よりも一度子どもの頃からの自分の夢をかけてみたかった。教師の仕事は、年取ってからでもやり直せるけど、歌手は今しか出来ない。
地元でノック・スパニーとして活動していた頃
実は教師をしている間も、夜は歌手としてもタワンデーンなどで歌い、家に帰るのはいつも午前3時4時だった。その頃のギャラは、200-300Bだったが、仕事は次々と来てかなり忙しかった。それでも好きなことをやっていたから、辛いのは、父や母が病気したとき。自分の仕事に関しては辛いとかキツいとかは考えなかった。

親思いの先生は、忙しい合間を縫って地元に帰っている
教師の職を辞した後、ノック・スパニーという名前だった。初めは普通の歌手だったが、生徒の一人がラムシン楽団へ紹介してくれた。さらに地元でブッキングをしてくれた方にもたくさんお世話になった。バンコクに出て来て、ラムシンを歌い始めてから現在の名前に改名。ラムシン歌手になったのは、地元では人気だったことや人が楽しめる音楽だし、楽しませることができる音楽だから。

グランミーへ誘ったサワッド先生とは遠戚にあたるのだとか
その後、元々遠戚だったサワッド・サラカム先生の紹介でグランミーゴールドと契約。その頃、すでにラムヨンと改名してして活動していたので、サワッド先生は自分が知合いのノックスパニーだったことを知らなかったのだとか。
★時々、他の歌手の紹介でも、人の紹介で契約というのがありますが、実際には会社による厳正なオーディションを受けます。ノック先生の場合も、グランミー社の社長はじめ重役列席の元でオーディションを受けた後に契約に至っています。
ヒット曲 このプロフィール作成時点(2015年4月)で彼女の持ち歌は2曲。厳密に言えば、ステージでは歌っている曲もありますが、アルバムとして発表されたのは、マンモワンセップ2に収録された以下の2曲です。
เอาผัวไปเทิร์น:アオプワパイターン 〜ダンナを返して〜
จีบเอาสิค่ะ:チープアオシカッ 〜安心してお持ちになって〜
収録アルバム:マンモワンセッブ2について詳しくはコチラ
そして、もう一曲がラムヨン自身の自己紹介ソングとも言えるコレ
デビュー以前からステージ登場の際に歌っている曲でもあります。
ลำยองวอนแฟน:ラムヨンウォーンフェーン 〜ラムヨンはファンを慕います〜
ステージ ラムヨンは、ラムシン歌手。ラムシンとは、モーラムの中でも一番新しく確立されたジャンルで、流行の早くて飛び跳ねるようなリズムで、途中ダンサーたちの腰使いがタイ人男性の注目を集めます。ラムヨンは、そのダンス(ラム)で背面にエビ反って踊るのが一つの見せ場にもなっていて、いつもコンサートでは一番盛り上がる所です。
2014年10月10日のアルバム発売直後のコンサート
9番目のビデオにエビ反りが披露されます


今ではスッカリとトレードマークになっています
写真集 ゆっくりした曲でも踊りながら歌うラムヨンは、実はかなり写真を撮る上では難しい方です。それでも何とかお店で生きる程度の写真を並べました。
かなりきわどいポーズで踊ることも多いラムシン。恥ずかしいとは思わなかったのかと聞いたところ、なんで?という感じで「これがラムシンだから、恥ずかしいなんて思ったことも無いわ。」とあっさりとした返事が返って来ました。
自家製ネーム コンビニでもビニール詰めにされて売られている豚のひき肉を発酵させ唐辛子と一緒に詰め込んだイサーンの郷土料理の一つがネーム。ラムヨンは、実家でこのネームを手作りして通信販売しています。今でも時々Facebookなどで製作の様子などの写真がアップされ、購入申込みもできます。さすがに海外発送は無理でしょうが、味の方はさすがに手作りだけあってバツグン。タイにお住まいの方はぜひお試しあれ。
ラムヨンの息子 ラムヨンはまだ独身ですが、実は息子がいます。
溺愛する息子のテン君です。ww
時々Facebookにもアップされている表情豊かなテン君
ステージも連れて行くときもあり、最後の曲がかかると
ステージ袖でラムヨンを待っているという孝行息子です。
おやすみなさい
FAN FV アルバムデビュー直前2014年7月12日。アソークにあるグランミー社屋内のスタジオで、収録され生放送された「プアンカンワンサーオ」(土曜の友だち)の見学に行った所、テレビ出演する事になったことがありました。生放送だったので、自分自身で見られなかったのですが、見ていた知人が送ってくれた写真がコレ。日本人としてなぜルークトゥンが好きなのか、どうしてラムヨンが気に入ったのかなどを聞かれたと思います。(記憶は不正確です。汗)


この日の収録には、サワッド先生とソンブーン君も出演
最後は先生の生ケーンでモーラム大会でした♪
編集後記
久々に大作な紹介ページになってしまいました。ノック先生の紹介はもっと早くやりたかったのですが、自分でインタビューをしようなどと考えていた為に、ライブなどで会う機会を待っているウチに今になってしまいました。プロフィールやエピソードのいくつかは、LINEなどで質問して答えてもらいました。先生の場合、日中はほとんどオンラインなどで、速攻で返事が来て、すごく助かりましたが。その中で自分がサラカムで教育支援をやっていたこと、出身校にも縁があることなどを話すと、機会があれば支援先の学校に一緒に行こうと嬉しい話しも貰えました。この話しはいつ実現するのか全くわかりませんが、実現した際にはもちろん、レポートしますので気長にお待ち下さい。
☆本記事中、写真にクレジットの無いものは、ラムヨン本人から提供を受けて掲載しています。
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テーマ : タイ歌謡曲の歌手
ジャンル : 音楽
tag : グランミーゴールド ラムヨン・ノンヒンハーオ