モーラムとルークトゥンの違い よくルークトゥンとモーラムの違いについて聞かれる。現在、この二つのジャンルを分けるものは、歌詞が標準タイ語かイサーン語かくらいになりつつある。大ざっぱにルークトゥンを演歌。モーラムを民謡と説明するガイドブックも目にするが、これはいい加減過ぎる説明で誤解を招いている。
ルークトゥンはポップス(歌謡曲) ルークトゥンは、元々ポピュラー音楽だ。今風のポップスが成立する以前、さらにロックやディスコ音楽すらなかったころには、一般大衆にとって外国音楽を模した音楽がルークトゥンだった。これは、ルークトゥンと言う言葉が定着する以前は「タイ・サコーン」(タイ風西洋音楽)と呼ばれていたことからもおわかりいただけるだろう。また、演歌ではないと言い切れる理由は他にもある。音楽的にも歌詞的にも、日本の演歌よりももっと、広い要素を含んでいるのだ。そのため、わたしは歌謡曲だと説明している。日本で1970年代に花盛りだった歌謡曲には、何でもありのパワーがあったが、今も昔もルークトゥンにはそれに相通じるものがあるのだ。
モーラムとは? タイ全土の庶民に聴かれていたルークトゥンに対して、モーラムは当初東北部、イサーン地方およびラオスで聴かれていた。そのためにモーラムの歌詞はイサーン語であり、そのままラオスでも通じる。しかし、時を経てイサーン人がタイ全土に出稼ぎにでるようになるとともに、全国区に広がった。このことは古い出来事ではない。
モーラムの意味 第2次世界大戦の頃まで、タイ全土には宴会などの際に輪になって踊る「ラム・ウォン」と呼ばれるものがあった。これは今でもラオスには残っている。だが、そこで用いられる曲はルークトゥンだったり、ルークグルンだったりした。ラムとは、元来「踊る」という意味しか持たない。モーラムとは、言葉の意味としては 「踊りの達人」あるいは「先生」となる。しかし、イサーンやラオスに伝わって来た「モーラム」には、踊りと共に語り部がいた。彼らを指した言葉が「モーラム」として、そのままこの音楽についても「モーラム」と呼ばれるようになった。そして、本来の意味としてはおかしいものの「モーラム歌手」という、呼び名も定着したようだ。
伝統音楽としてのモーラム 元々のモーラムは「ラム・プーン」と呼ばれ、イサーン独特の楽器「ケーン」ひとつを伴奏にして、語り部がその時々の社会的な話題や男女のありがちな話しをおもしろおかしく節を付けるだけのものだったようだ。日本風に言えば、講談か浪曲みたいなものと言えよう。 日本の浪曲や民謡などはきちんと歌も節回しも決まった形があるために師匠から弟子へと受け継がれて現代にも残っている。しかし、純粋なモーラムは即興で行われた。それが故に曲として残っている物はほとんど無い。そのスタイルのみが継承され、歌われていたことはその場限りの物だったのだ。 今でも地方では自治体の行事や、大きめの宴会などで見ることが出来る。観光客が見ることが出来るのは、コラートのスラナリー広場だ。片隅の小さなステージで、おじさんとおばさんが数名の演奏者と共に見事な「ラム」を聞かせてくれる。意味が分かればもっと楽しめるのだが、イサーン語で語られるそれは、旋律として聴くだけでも癒される。タイ人の反応を見ているとゲラゲラ、にやにやと笑い話を聞いているかのようだ。そこで語られているのは、男女の夜の話や人のうわさ話など、かなり下世話な世間話と思って間違いないので、そのあたりも頭に入れて聴いた方が良いだろう。
コラート、スラナリー広場にて
進化し続けて来たスタイル
モーラムのスタイルは、古い物から今に至るまでに様々な変化を遂げている。上述のラム・プーンが男女あるいは男二人で歌われ(ラム・クローン)、リケー芝居の要素を取り入れて(ラム・ムー)、いくつものスタイルが編み出されて来た。しかし、そこまではやはり技術を習得したプロにしか出来ない芸能であった。 テープやレコードが普及しはじめたころ、モーラムをもっと広く普及したい、誰でも歌えるようなモーラムをと編み出されたのが「ラム・プルーン」だ。このスタイルは、それまでの即興的なものを排除して、歌謡曲的なメロディーを中心にして、その合間にラムを入れるというもの。これなら一般人でもラムの部分だけ無視すれば、メロディーを歌える。このスタイルで売り出したのが、バンイエン・ラーケンやピムパー・ポーンシリー、ポンサク・ソーンセーン、サーアティット・トーンチャンであり、ハニー・シーイサーンだ。

バンイエン・ラーケン
そして、今
今現在、わたしたちが耳することが出来るモーラムは、全てこの歌謡モーラムといっていい。中にはまんまルークトゥンをイサーン語で歌ったものもある。これらは、近年「ルークトゥン・イサーン」と呼ばれるようになっている。ターイ・オラタイやマイク・ピロムポンがその筆頭だが、チンタラー・プンラーブがその始まりだったように思う。彼らの曲は基本的にはモーラムではない。 伝統的なモーラムは残念ながら、一般に流通する中ではあまり聴くことができないのが現状だ。少しでも近いものとして名前を挙げるならば、サーアティット・トーンチャンとバンイエン・ラーケンだろう。両名とも大ベテランだが、いまでも現役だし彼らを超える歌手は未だに出て来ていない。それどころか音楽としてのモーラムは、ここ数年あまり元気がない。ステージでのコメディーな部分を売りにした「ポンラン・サオーン」。その規模と歴史もある「シアン・イサーン」と見るべき物はいるのだが、どちらも歌よりもタロック(お笑い)の方に人気が集中しているのだ。しかし、もともとモーラムは、芸人が即興で繰り広げた節を付けた漫才みたいな物だった。だからこそ、モーラムのステージでコントが演じられるというスタイルは、自然な発展系の姿ともいえるのかも知れない。 <お断り> これらモーラムについての歴史的認識や解釈については、私自身まだまだ勉強中なために今後変わる事もありますので、どうかご寛容にお願いいたします。また、お気づきの点などご指摘歓迎です。
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テーマ : タイの歌謡曲:モーラム
ジャンル : 音楽